
著者はこの本の書き出しに於いて、戦争を肯定するということにためらいを表明しながらも、時が経つ前にしっかりと記録しておかねばならないことがある、と断った上で持論を開始している。彼の持論に対する多くの反論や、当時出ていた噂、例えば坂本龍馬スパイ論などを取り上げ、それについての彼の意見を述べている。大東亜戦争は第2次世界大戦のことを指すのではなく、幕末に外国が日本の近海を脅かし始めて以来、日本を外国の植民地にさせないための大東亜百年戦争の最後の戦いだったと主張している。
著者は、外国船が頻繁に日本近海にやって来るようになった幕末の弘化元年(1844年)頃、薩摩藩や長州藩では、西欧のいくつかの国々が中国や東南アジアの国々でおこなっていることをすでに情報として得ており、それらに対抗するための準備をしなければならないと動き出していて、これが戦争が始まるきっかけだったという。薩英戦争、長州英国戦争を経て、尊王攘夷から開国へと幕末の志士たちが意見を変えていったのは、日本人同士で戦っている場合ではなく、外国の脅威を跳ね返す力をつけるために開国し、その技術を取り入れなければならないという思いからに他ならないと述べている。
「明治維新は日本人が外国の謀略に踊らされたところに成立したのではない。朝廷側はもちろん、幕府の首脳部もまた、これを阻止し拒絶したところに成立したのだ。」(P-80)
「フランスが幕府をあやつり、イギリスが薩摩をあやつったのではない。「あやつる」という人形芝居用語をしいて使うなら、あやつったのはむしろ日本側である。幕府も薩摩も土肥も、ひたすらに日本の分裂と植民地化を恐れ、苦労し、苦心し、精魂をつくして、外国の「援助計画」から危うく身をかわしたのだ。」(p-84)
閑話休題。ちょうどこの本を読んでいるときに高知へ旅行し、北川村にある中岡慎太郎館へ足を運んだのだが、そこで彼の偉大さを初めて知った。坂本龍馬に比べ知名度は高くはない中岡はわずか29歳で命を落としているが、維新回天に尽力する以前には、安政の大地震で甚大な被害を受けた地元、北川村を復興させ、村民を飢饉から守るため駆けずり回っていた。彼の残した「時勢論」について、この著者は簡単に触れているが、いつか読んでみたいと思う。


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