『軍神杉本中佐』山岡荘八

山岡荘八の本を読むのは初めて。昭和16年から2年にわたって書かれた本書が2018年になって復刻された。。山岡は明治40年に生まれ1978年に亡くなっている。杉本五郎中佐は1900(明治33)年に広島県にて出生、1918年広島県私立修道高校を卒業し陸軍士官学校に進む。1924年任陸軍歩兵中尉となり1937年任陸軍歩兵少佐として支那事変に参戦、山西省での戦闘において東方に正対し、挙手敬礼のまま戦死した。彼の天皇に対する考え方、そして神武天皇以来皇室が世界平和(八紘一宇)を実現するために祈り活動をしており日本人はその右翼となって突き進むことのみが生きる目的である、とする生き方に、目を覚まされた。

GHQによって焚書とされた杉本中佐執筆の『大義』と言う本を図書館から借りようとしたが先約が多くあったためこの本を先に借りたのだが、おかげで杉本中佐がどのような人物だったのかが、あらかじめわかり、『大義』を手に取るのが大変楽しみである。中佐は、後醍醐天皇の時代に忠義を尽くした楠正成を崇拝し、同様の信念を持っていた兵士だった。若い頃から禅を体得し、天皇一筋で生きた。この本の記述で驚いた事は、中佐が生きている時代に、もうすでに日本の中で天皇を思う心から外れた自己中心の政治家や人々が多くあり、何とかそのような風潮を食い止めたいというグループがあったこと、そして何よりも日本や日本を取り巻く世界に悪影響を与えているがユダヤであると言及していることにびっくりした。「日本人の真の道徳は決して小さな個人道徳の完成にあるのではない。天皇と天照大神とを同一心に拝しまつり、天皇の大御心にかなうよう、私を去り個を滅して、日々の生活を皇作皇業とするところに真の日本人の道徳がある。」251ページ

杉本中佐は、天皇は単に日本の平和、日本民族の発展を祈るところにとどまらず、世界一列みな兄弟につながるを八紘一宇の考え方を推し進めていることを、神武天皇以来の日本民族の目的ととらえていた。天理教も同様に、世界中の人々が仲良く平和に暮らすことを目標にしているので、今更ながらと言うべきか、お道の教えの究極の目的が日本民族の目指す高い理想と一致しているように思った次第である。

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