
日本人の起源について「二重構造モデル」という定説が1991年に出されたものがこれまで一般に受け入れられてきた。それは、縄文人が先に存在し、弥生人が徐々に入り込んで日本人の元を形成したというものだが、著者は古代ゲノム解析による様々な研究調査が教えてくれるのは、新たな波が日本に押し寄せてきた形跡があり、三重構造モデルと呼べるのではないかと述べている。その第3の波は古墳文化であろうという。何度も著者が繰り返しているのは、弥生人が縄文人にいきなり取って代ったのではなく、何度かの波で徐々に弥生人が浸透して行って、それと同様に古墳文化を持ち込んだ民族も何度かの波により徐々に日本に入り込んだという。古墳の造営、鉄の加工、漆器、焼き物の技術など、そしてさらに国を運営する知恵や知識もそうだという。
古墳時代というと秦氏、蘇我氏、葛城氏といった人々がおり、欠史八代の頃だろうか。日本では農耕を主とし、山ではまだ狩猟生活を営む人々もいて、そこに大陸から別の民族が何度か押し寄せた。著者は、その民族も北東アジアやアムール、中央平原、西遼河、山東などの集団が民族的に入り乱れており、単一ではなかったという。
著者は難解になりがちなゲノム解析の結果をかみ砕きながら、人類のルールがアフリカから始まったところから話を始め、どのようにして世界にホモ・サピエンスが広がったか、から始まって、同時に存在した他の種とホモ・サピエンスが混在し交わっていたと説明する。そして、アジアに入った人間がどのように日本列島に入ってきたかも、古代ゲノム解析により判明したルートの可能性も教えてくれる。大変説得力のある内容だった。
あとがきで著者が自分の経歴について述べていた。9歳の時に馬に興味を持ち、農業大学に進学して「日本在来馬」について研究をしたが、当時の技術では在来馬の起源についての調査が頭打ちになったため、研究分野を馬から「ゲノム解析」と「同位体分析」に変更し基礎からやり直したとのこと。この本の調査、データは非常に説得力があり、新しい発見もたくさん紹介されている。引用されている文献も5年以内のものが多く、最も古いのが1991年の「二重構造モデル」に関するものだった。(2026年9月)


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