
文章や物語を読んで「わかった」と思っているが、本当は「わかったつもり」なだけの場合が多いのでは、という問いかけから「わかった」を深掘りしてゆく書。著者はまず小学2年生の国語の教科書から題材をとり、簡単な文章なので分かったはずなのに、実はあまり分かっていなかったことをじっくりと説明する。自分でも、著者の指摘する通りであることを理解し、「わかったつもり」になるいくつかの原因と、その解決方法、いかにすれば「本当に分かる」ことができるのかを説明していく。一つの例として取り上げられているのは、文章における「全体の雰囲気」という魔物。「全体の雰囲気」は、それに都合の良い「意味を引き出し」てしまう、という。さらに、小学5年生の国語の題材から「正倉院」に保存されている国宝級の遺物の記述についても様々な方向から深掘りをしてみせ、如何に「わかった」がいい加減なのかを説明する。
「わからない」「わかる」「よりわかる」に関しては、①文章や文において、その部分間に関連がつかないと、「わからない」と言う状態を生じます。②部分間に関連がつくと、「わかった」と言う状態を生じます。③部分間の関連が以前より、より緊密なものになると、「よりわかった」「よりよく読めた」という状態になるのです。④部分間の関連をつけるために、必ずしも文中に記述のない事柄に関する知識を、また読み手が作り上げた想定・仮定を、私たちは持ち出してきて使っているのです。(p-181)
文脈のはたらきのまとめ。①文脈がわからないと「わからない」。②文脈がスキーマを発動し、文脈からの情報と共同してはたらく。③文脈がそれぞれの部分の記述から意味を引き出す。④文脈が異なれば、異なる意味が引き出される。⑤文脈に引き出されたそれぞれの意味の間で関連ができることで文がわかる。(p-209)これらがいったい何の役に立つのか。著者の意図は何なのだろう、と最後まで読み分かったことは、大学入試センター試験の国語の問題の解き方に最終的につながるのだということ。ここにある知識をもって文章を読み解けば、難解だと思われる出題も解けるようになるのであろう。(2026年10月読了)


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