『日本人はなぜ自虐的になったのか』有馬哲夫

有馬哲夫の調査能力は素晴らしく、様々な資料を駆使して論文を書くのだが、私にはとっつきにくいところがあって、以前に読んだ『スイス諜報網の日米終戦工作』は途中で投げ出してしまった。それと比べると難解ではなかったが、この本を書くにあたって著者が参考にした書物のリストは160にも上る。中には第1次資料が多く、それがこの本の信ぴょう性を高め、説得力のあるものに仕上がっている。とどのつまり、米国がGHQを通して行った政策は戦後80年を経た今でも生き残っていて、現在の日本人と日本の教育に大きな影響を与え続けていて、米国が企んだとおりに、残念ながら日本が変わってしまっているということである。あと書きにあるように、フルブライト上級研究員に応募した際に面接をした江藤淳が書いた『閉ざされた言語空間』には取り上げられていない事柄も調査した点で、読み応えのある内容であった。(日本語で読めたのが最も大きな点)

著者の述べたかったことの主な点を以下に抜き書きする。「先の戦争の前後に日本が多くの過ちを犯したことを私は否定しません。過ちは真摯に受け止めなくてはなりません。また、過ちを正すために、教育の場において多くのことが改められなければならなかったということにも同意します。しかし占領軍が力によってそれらを命令しなければならなかったとは思いません。日本人自身の手で、日本のための、日本版の「教育の自由主義化」が出来たと思います。実際、終戦後に文部省はそのような動きを起こしていたのです。たとえそれが不十分だったとしても、そのあと日本人がまた「改革」を続ければいいだけの話です。また、たとえば「天皇は神の起源であるとの崇拝」は当時の日本独自の価値観かもしれませんが、一方で「国家元首のために死ぬことを厭わないこと」、あるいは「戦死を名誉とすること」は、特殊なものでしょうか。欧米の映画やテレビ番組を見れば、欧米人も戦争の前後の時期には「国家元首のために死ぬことを厭わないこと」、「名誉の戦死」という考えを普通に持っていたことが分かります。むしろ戦後の日本人のように戦死を犬死と同様のように語るほうが世界的に見れば特殊です。いずれにせよ、戦勝国が勝手に、強制的に、教育の場において、敗戦国の政体や宗教観や価値観を変えにかかるというのは明らかに国際法違反です。」(p-197)

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