
ある有名な作家が「私が何度でも読み返す本」を紹介しており、その中にあった一冊。作家が誰だったかは覚えていない。間宮林蔵は間宮海峡を発見した人、程度の認識しかなかったが、ペリーが浦賀に来航する7、80年前に北海道から極寒の樺太、北方領土のあたりを探検し、地図を書いていた。また、伊能忠敬から測量技術を教わり、アイヌ人、山旦人、ギリヤーク人の助けを借りながら鎖国した日本から海峡を渡ってアムール川を遡り、東韃靼(清国)のデレンという町まで行き戻ってきたことについては驚くべきことである。
著者の吉村昭は、自分の軌跡、体験を克明に記録し、幕府へ地図とともに報告した間宮の文献をくまなく調べ上げ、またその時代に発生した事件や裁判の記録を綿密に調査し、空白部分のみ創作でつなぐという方法で、間宮一生涯を一冊の本にした。海峡発見で話は終わらず、その後幕府の隠密として日本のあちこちへ出向き、諸般の海外との密貿易の実態を幕府に報告していた。また、長崎にやってきたオランダの名医、シーボルトが内緒で間宮の北海道の地図を本国へ送る計画を阻止したという事実は、非常に興味深く、教科書などでは知りえない出来事だ(しかしながら、地図は別ルートでオランダへ渡ったらしい)。ロシア船が松前藩や津軽藩が警護する会所を襲った事件、イギリスの捕鯨船が日本の漁船と接触した事件など、幕府は当時から国防について神経をとがらせていた様子が描かれている。かなり厚い本だったが、読みごたえがあり、学ぶところが本当に多い一冊だった。
19世紀初頭、世界地図の中で樺太は唯一謎の地域だった。樺太は島なのか、大陸の一部なのか。樺太調査に挑んだ間宮林蔵は、過酷な探検行の末、樺太が島であることを確認する。その後、シーボルト事件に絡んで思いがけない悪評にさらされ、さらには幕府隠密として各地を巡った、知られざる栄光と不運の生涯を克明に描く。(文庫本裏表紙より)
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